fumie Profile

インタビュー 第1回
証券 >>ALL証券比較サイト運営者  /  fumie >>トレーダー若林史江さん
証券 :
それでは恒例ですが、この相場の世界に入ったキッカケというか、発端をお願いします。
もう何回も聞かれているとは思いますが(笑)
fumie :
いえいえ(笑)
私はずっとやりたいことがありました。 看護師さんになりたくて。子どもの頃も、卒業の文集だけじゃなくて学年が変わるごとに、全部看護師さんになりたいって書いていました。
もう中学卒業して、すぐ高校から看護専門学校に行こうとしてたぐらいです。 もちろんそれは反対され、普通の高校に通いましたが、でもその3年間も変わらないぐらい就きたかった職業でしたね。
看護学校を目指すためにずっと勉強していたのですが、その途中、本当に受験が始まる直前に、父の会社が倒産しまして・・・。 一気に経済的にも時間的にもピンチになりました。バイトをしながら勉強と受験も・・・と考えましたが経済的にちょっと無理でした。 仮に合格しても、今度は自分で家族を養いつつ、看護学校の学費を稼げるのかとか、いろいろ総合的に考えて、将来的にもやっぱり無理で。 それどころか明日にでも家に生活費を入れなきゃいけないっていう状態でした。
それで進学は諦めて最初はともかくバイトみたいなことをしていました。 ドコモショップのお姉さんやってたりして。でも、やっぱり貰えても日給で8000円ぐらい、フルで働いても月に20日働けるか働けないかぐらで。もっと収入を得ないとマズイ!というかお金を稼がなきゃ立ちゆかないって状態でした。 そこでとらばーゆの巻頭特集か何かで「高給取りになりたい人集まれ!」っていう特集をみつけて、もちろん大卒、短大卒じゃなきゃダメだとかいろいろ縛りはありましたが、その中で高卒でも受けさせてくれるっていう、もうホント数少ない会社を即ピックアップして・・・確か全部で8社、とにかく面接予約したんです。 そしてその時一番最初に面接に行った会社からその日の内にOKの電話をもらえました。それで、考えたら他の会社に面接まで行く電車賃も勿体ないし、ここでいいや!!と入社したのがたまたま金融会社、投資顧問会社だったんです。
証券 :
なるほど。ドラマですねぇ。
fumie :
もちろん事務職です。事務所にいるとお客さんから毎日電話がかかってきて、そのうち向こうが「もしもし」って言った声で「○○さんですよね?」って言えるようになってしまって。そうしたらお客さんの間で私がちょっとした話題になったようで、当時の営業部長から、「お前は営業に回れや」と言われて。。 それが19歳か20歳になったかならないか位の時ぐらいなんですけど、即「いやです!」って言ったら「じゃぁ辞めろや(怒)」って言われて、、、もう今で言うパワハラですよね、はっきり言って(笑)。
でも当時の会社ってそんな状況で、とても楯突く事も出来ませんし、もう一度会社を辞めて会社面接をするなんていう気にもなれませんでした。 ですので仕方なく営業始めたんですよ。それで当時、確か97年とか98年だったと思うんですけど、「株式のわかりやすい本」って今ほど販売して無くて。 書店行っても奥のほうの隅のほうに株の本が数冊あるみたいな時代だったんですよ。 会社から渡される本も難しくてとても分厚くて全部文字だし、全然親切じゃなくて、いきなり法律のこととか書いてあったり(笑)。 「こんなの第一章にいらないじゃん」って今考えると思ったりもします。もちろん大事なこともあるにはあったんですけど、上手く営業できなくて、お酒を飲んでは同僚の営業マンと愚痴っていた思い出がありますね。
そんな感じでイマイチ乗れてなかったのですが、ある日開眼しました。
「相場のことは相場に聞け」って名格言がありますが、私の場合もきっかけはやはり生の相場でした。

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当時ロイター情報端末が会社に入ったんですね。 だいたい株式情報の大半、ましてや板情報などはその頃は証券会社の店頭に行かないと分からない、電話をして聞く、そんな時代でしたが、ロイターではリアルに板情報が提供されてまして。 それをお客さんと見てると、横でお客さんがまさに今出した買い注文がその値板の所にピカッと表示されたんですよね、“1000株“って。 本では読んでたんですけど、「あっ、注文だすってこういうこと?」みたいな感じでしたね。 それでそのお客さんの買い板が消えたわけですよ。売り物が出て値段がついて売買が成立したんですね。 その後お客さんに証券会社の方から買えましたって電話がかかってきて、「これが株が買えるってこと!?」みたいな。
当時は新興市場なんて言って無くて、ジャスダック市場は「店頭市場、店頭株」って言ってたんですけど、不況時で市場参加者が少ない上に、店頭市場自体が板も薄かったので、たまたまお客さんの買い板がそれだけでちゃんと見えたんですよね。 今でも忘れないんですけど、それまで理論では分かっていたのですが、やっとピンときました。“株式購入”ってこのことなのねって。
証券 :
わかりますよ、マーケットって結局本とか読んでも経験しなかったら根本的には分からないですよね。薄商いの中、大事なお客さんの板がはっきり出たのが良かったですよね。
fumie :
そうなんです。板が消えた瞬間に、「買えました」っていうのが凄い新鮮で、リアルタイムでマーケットに参加した実感ですね。 今ってそんな板情報や約定履歴なんて全部一瞬でコンピューターで表示されるので、当たり前じゃんって思われますけど、その頃って一般投資家がリアルに情報を得る手段がなかったんですよ。
それで、「ああ、これに世の中のおじさん達は一喜一憂してるんだ」と思ってホント楽しくて。で、この株って世界は悪くないなと。 当時株の話しなんて胡散臭いって感じもありましたし、特に若い女性が“株”なんて堅気の世界ではないですね。 男性に凄い足元見られたりとか、友達から嫌味言われたりとかしてたんですけど、もう私の中では、株をやっている自分はカッコイイみたいな感じだったんですよ。わざわざ朝KIOSKで日経新聞とか買って、満員電車の中で株式欄を開いて値段を見てたりとかするのが、凄い自分の中でカッコイイと思ってました。まあ凄い単純だったんですけど。 で、どんどんのめりこんでいって、帰りも東京駅で株式業界紙を買って業界紙を見ている自分がカッコイイみたいなのがあったんですよ。
証券 :
女性でしかも当時20歳前半ぐらいですよね?今でもですが当時は一層株式関係者への偏見の目は強かったでしょうね。
fumie :
そうですね、まあ普通じゃない、遊んでいる人みたいって感じですね。 金持ちの道楽、金の亡者みたいな悪い印象しか無かったです。全然お金なんて持っていないんですけど、株式市場で仕事をしているって言うと、友達にも、「お金持ってるんでしょ、貸してよ。」みたいなこと言われたりとか、そういう時代でしたね。
証券 :
その頃ってネット証券ってまだ浸透してなくて、今の楽天証券が出るちょっと前ですね。
fumie :
そうですね。確か楽天証券(旧DLJディレクト証券)が出るちょっと前だと思うんですけど。バブル崩壊の後の株式市場長期低迷時で誰も株なんて見向きもしない時期なんで。 96年〜97年って、東証の出来高が場合によっては3億株を割ってた気がします、そんなのあり得ないじゃないですかっていうか考えられないじゃないですか。
証券 :
そうですね、山一證券や徳陽シティ銀行が潰れたり。 誰も買わないんでよね。で、決算前に銀行や事業法人のクロス益出し対策で、ただただ売り物が出るだけで、その時に株をやるっていうのはちょっとね。
fumie :
まぁそういった相場の全体感すら分かってなかったんですけどね、当時は。 その後経済や株式市場のことを多少勉強したからこそ、やっと分かるようになってきたけど、 あの時代がどういう時代だったかっていうのは結局後で知ることになるわけです。
渦中ではそんな経済環境下にいるなんて全然わかってなかったし。まあその後株をやることでいろんなことを教えてもらいましたよね。あのまま株式とか金融とかを知らずに、仮に看護師さんになってたら経済とか世の中のことを多分知らずに過ごしてきただろうなって感じですね。
証券 :
そうですね、我々も今金融情報比較サイト運営という立場でこのマーケットの世界に関わってますが、この世界って奥が深いというか、考えること、やることがいっぱいあるというか、一言で言えば謎に満ちてるっていう感じですね。 まあそういう人智が及ばないところにも魅力があって大変面白い。深みにはまりますね。
投資家としてのスタンスでは、まぁホントは勝った状態で長くマーケットに残り続けられるのが一番いいんでしょうけど、中々そうもいかないようですね。 でも、そこにまた面白さがあるというか、そんな世界なのでしょうね。
取材日時 2009年10月
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